大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)13109号 判決

原告 東京貿易株式会社

被告 株式会社エルベ銀行

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

(一)、原告訴訟代理人は、「一、被告は原告に対し、米貨三一、一三七ドル七七セントおよびこれに対する昭和四三年五月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

(二)、被告訴訟代理人は、「本件訴を却下する。」との判決を求めた。

二、当事者双方の主張

(一)、原告訴訟代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。

(1)  原告は、昭和三七年六月、フランス国のS・R・B社との間で、日本精工株式会社製N・S・K印ボールベヤリング価額約四〇〇、〇〇〇米ドルを同社に売渡す旨の契約を締結したが、その売買代金は、原告において、商品代金額を手形金額とし、受取人を株式会社三菱銀行、支払人をS・R・B社、支払場所を被告銀行パリ支店とする荷為替手形を振出し、決済することが約定された。

(2)  原告は、右約定に基づき、売買物件を船積みしたうえ、代金の一部の取立のため、船荷証券、その他の船積書類を添えた次の二通の荷為替手形を振出し、昭和三七年一一月九日、三菱銀行に対し、船積書類は、代金支払と引換えに買主に引渡すいわゆる支払渡によるべきことを指示して代金の取立を依頼した(以下第一取立委任契約という。)。

(イ) 金額 米貨二三、二五七ドル二五セント

支払人 パリー、S・R・B社

満期 昭和三八年四月一〇日

支払場所 フランス国パリ市被告銀行

受取人 三菱銀行

振出日 昭和三七年一〇月二九日

(ロ) 金額 米貨七、八八〇ドル五二セント

満期 昭和三八年三月三一日

他の手形要件は(イ)と同じ。

(3)  三菱銀行は、本件荷為替手形を、フランス国パリ市所在のアメリカ銀行パリ支店に裏書譲渡し、その取立を委任し(以下第二取立委任契約という。)、同銀行は、昭和三七年一一月下旬これをさらにパリ市所在被告銀行パリ支店に裏書譲渡して取立を委任し、同支店は、これを受託したのであるが(以下第三取立委任契約という。)、前記のいわゆる支払渡の方法によるべき旨の取立の条件も、順次被告銀行支店に指示された。

(4)  したがつて、被告は、原告の本件荷為替手形の取立委任について復受任者の立場にあるものであり、委任の本旨にしたがい、善良な管理者の注意をもつて委任事務を処理すべきところ、被告銀行パリ支店は、昭和三七年一二月下旬または昭和三八年一月初旬ころ、荷為替手形金の支払を受けないで、前記船荷証券を買主であるS・R・B社に引渡した。そしてS・R・B社は、右手形金の支払をしないまま、支払能力を喪失したので、原告は、本件荷為替手形金の支払を受けることができず、結局同額の損害を蒙つた。

(5)  原告の蒙つた右損害は、被告銀行が受任者として遵守すべき支払渡の条件に違反したため生じた受任義務不履行によるものであるから、これを原告に賠償すべき義務がある。よつて、原告は、被告に対し、本件荷為替手形金合計米貨三一、一三七ドル七七セント、および本件訴状送達の翌日たる昭和四三年五月一六日から右支払ずみまで、商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)、被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、次のとおり述べた。

本件訴につき、日本の裁判所には、裁判権がない。したがつて本件訴は不適法である。

その理由は次のとおりである。

(1)  被告銀行の本店は、フランス国にあり、日本国内には事務所も営業所も有しない。また被告は日本国内に何等の財産も所有していない。

(2)  原告が主張する被告の債務不履行がかりに認められるとしてもこれにより生ずる義務履行地はフランス国パリ市であつて日本国内ではない。

すなわち、原告の主張する第三取立委任契約はフランスにおいて、フランス法人と同じく権利能力を有し、かつパリ市に営業所を有するアメリカ銀行支店と、フランス法人たる被告銀行パリ支店との間に締結されたものであつて、準拠法の指定につき特段の意思表示がなかつたから、右契約に適用される法律(準拠法)はフランス法である。したがつて、本件第三取立委任契約につき債務不履行が成立するや否や、賠償請求の可否、範囲、その義務履行地等についてはすべてフランス法の定めるところによるべきである。

ところで、フランス民法第一二四七条は義務履行地につき次のように定めている。

一項、弁済は契約で指定した場所で履行されなければならない。契約で指定されていない場合は、特定物に関しては、債務発生の時にその目的物の存在した場所において弁済を履行しなければならない。

二項、裁判上賦与された扶養料は、判決に特段の定めがある場合の外、扶養権利者の住所又は居所において支払わなければならない。

三項、これらの場合の外、弁済は債務者の住所においてなされなければならない。

したがつて、アメリカ銀行と被告銀行間の第三取立委任契約について、かりに被告銀行に債務不履行があつたとしても、その義務の履行は、被告銀行の住所地たるフランス国パリ市においてなさるべきである。よつて、日本民法第四八四条を適用し、義務履行地が原告の住所地にあるとし、日本民事訴訟法第五条の趣旨により日本の裁判所に裁判権があるとすることはできない。

(3)  本件第一、二、三取立委任契約が、原告の荷為替手形金の取立および原告への引渡を目的とするものであることを理由に、右は一個の法律行為であり、原、被告間に直接の隔地的法律行為(異法地域間の)がなされたものということはできない。けだし、本件のように本人とその本人に代つて意思表示をする代理人(復受任者を含む)等が、その住所地を異にする場合に、国際私法上隔地的法律行為であるか否かを決定する基準は、代理人の住所地であるとされているから、本件第三取立委任の意思表示をしたのは、パリ市に営業所を有するアメリカ銀行支店であり、これを受けたのも、パリ市に営業所を有する被告銀行支店である以上、隔地的法律行為の生じる余地はない。被告銀行は、原告から何等の意思表示も通知も受けていないのである。

(三)、原告訴訟代理人は、被告の本案前の抗弁に対し、次のとおり述べた。

(1)  被告主張の(1) の事実中、被告が日本国内に何等の財産も所有していないとの点は知らない。その余は認める。

同(2) の事実中、アメリカ銀行パリ支店が、フランスにおいてフランス法人と同じく権利能力を有し、パリ市に営業所を有するものであること、準拠法の指定につき特段の意思表示がなかつたこと、被告主張の内容のフランス民法第一二四七条が存することは認める。その余は争う。

(2)  本訴請求は、被告銀行の債務不履行による損害賠償の請求で債務の面からみれば持参債務であり、義務履行地は、原告の住所地である東京である。したがつて日本の裁判所が裁判権を有する。

すなわち、本件第一、二、三取立委任契約に適用さるべき準拠法は日本法である。まず第一取立委任契約は、東京に本店を有する原告が、同じく東京に本店を有する三菱銀行との間で締結され、その取立委任契約には銀行の為替取引の慣行上、他の銀行に対する復委任の許諾があつたから、三菱銀行はアメリカ銀行に取立を委任し、アメリカ銀行はさらに被告銀行に取立を委任したものである。しかし、右三個の委任契約は、すべて本件荷為替手形金の取立をし、その取立金を、取立委任者である原告に引渡すという単一の事務処理のためになされた国際手形決済の方法にすぎず、結局、原告から、被告銀行に対する取立委任という一個の法律行為と見るべきである。

ところで、本件取立委任契約については、準拠法につき何等の合意がなかつたから、法例第七条二項により行為地法によるべきところ、同法第九条により申込者たる原告の住所地が行為地とみなされるから、日本法が準拠法である。しかして、日本民法第四八四条によれば、本件取立委任契約の債務不履行による損害賠償請求は、持参債務であるから、原告の住所地たる東京が義務履行地となる。これよりすれば日本民事訴訟法第五条の趣旨からしても日本の裁判所が、裁判権を有することは明らかである。

三、証拠関係〈省畧〉

理由

被告は、日本の裁判所は本件について裁判管轄権がない旨主張するから、この点について検討する。

本訴は、わが国の法人たる原告がフランス国法人たる被告を相手として委任契約上の債務不履行による損害の賠償を請求するものである。かかる契約関係を対象とする渉外民事訴訟の国際的裁判管轄については、いまだ確立された国際法上の原則はなく、わが国にも一般的成文規定はないから、本件における裁判管轄は、わが国内の土地管轄を定める民事訴訟法の規定を参酌して条理によりこれを決するほかはない。

ところで、本件被告は、フランスに本支店を有するフランス法上の会社であるところ、日本に事務所も営業所等もないことは、当事者間に争いがなく、また日本に何らかの財産を有すると認められる証拠はないから、法人等の普通裁判籍、財産所在地の裁判籍を定めるわが民事訴訟法の規定を類推して本件に対するわが国の裁判管轄を肯定するということはできない。

そこで、原告が主張するように、本件につき義務履行地を根拠とする国際管轄が認められるかどうかを考える。

義務履行地がいずれの国にあるかを決定するには、まず、当事者間の契約関係に適用される準拠法の決定が前提であるところ、原告主張の本件委任契約関係につき当事者間に契約準拠法指定の合意がなかつたことは、当事者間に争いがない。

しかし、本件請求原因によると、原告が日本においてその主張の手形金の取立を三菱銀行に委任し、ついで同銀行がこれをパリ市所在のアメリカ銀行パリ支店に委任し、同支店がさらにこれを同市において同市所在の被告銀行パリ支店に委任したのであるから、これにより、かりに原被告間に直接の法律関係が生じたとしても、右法律関係は両者の直接の法律行為によつてではなく、アメリカ銀行パリ支店と被告との間における第三委任契約の締結によつて成立したわけである。そして右第三委任契約は、アメリカ銀行パリ支店(同銀行がフランスにおいてフランス国法人と同様の権利能力を有することは当事者間に争いがない。)がフランス国内においてフランス国法人たる被告銀行支店との間で締結したのであるから、とくにフランス法の適用を排除したことの認められない本件では、フランス法による意思のもとに締結したものと認めるのが相当である。したがつて、原被告間の法律関係に適用される準拠法は、フランス法であるというべきである。もつとも、第三取立委任契約の一方の当事者であるアメリカ銀行パリ支店が、原告もしくは三菱銀行の代理人又は復代理人であつたとしても、代理人による法律行為の準拠法は、代理人の住所地の法律とすべきであるから、アメリカ銀行パリ支店の所在地が、フランス国内である以上、準拠法がフランス法であることにかわりはない。

原告は、この点につき、原告主張の銀行間に順次行われた委任または復委任は、手形金取立という単一の事務処理のためのもので、一個の法律行為と目すべきであるとし、法例第九条の適用により行為地法たる日本法が準拠法である旨主張する。

しかし、異法地域間の法律行為であるか否かは、その法律行為が代理人により行われたときは、その代理人の住所地を基準として決すべきものと解すべきであるところ、原被告間の法律関係の成立の経過は、上記のとおりで、両者間の直接の法律行為によるものではないから、異法地域者間の法律行為に関する法例第九条の適用の余地はないというべきである。

ところで、かりに、原、被告間に直接の委任関係が生ずるとしてもフランス民法第一二四七条によると、契約上の義務履行地は、被告指摘のとおり原則として義務者の住所とされているから、原告主張の債務不履行による損害賠償義務は、債務者たる被告の住所、すなわちフランス国内であるというべきである。

してみると、本件について義務履行地を根拠としてわが国の裁判所に国際管轄を肯定することはできず、ほかに、わが国に本件の裁判管轄を認めるに足りる事由はない。

以上のとおりで、本件についてはわが裁判管轄権はないから、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田秀慧 上杉晴一郎 村上光鵄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例